古事記に聞きしかど

大和の神々の坐す里、高千穂へ行ってきた。と言うのは7月4日、5日の土日のことだけど。
当時はまだ九州へ長期出張中であり、博多に住んでいた。

金曜の晩に同行者来福す。
土曜の朝、高速バスに乗って3時間の道程で高千穂を目指す。トラピストクッキーを一箱鞄に入れ、家を出た。博多バスセンターの窓口で切符を受け取り、8時50分発のバスに乗った。
バスは途中天神などに寄って乗客を徐々に増やしていった。同行者は夜眠れなかった由にて社内で眠りこけている。僕はほとんど眠らず、谷崎訳の源氏物語第1巻を読んでいた。それに飽きたら小林秀雄本居宣長を読んだ。

途中休憩を一回挟み(場所の名前は忘れた)、高千穂へ向けてバスは走る。同行者が起きている間は高千穂での計画を立てた。後にこのとき立てた計画は良い意味で粉砕されることになる。

バスはようやく高千穂に着いた。まずは宿へ行って荷物を置きたい。同行者は地図を印刷して持って来るのを忘れていたため、交番に寄って道を聞いた。健康的に日焼けした若い婦警さんが道を教えてくれたけれど、随分遠いらしい。タクシーで行く。
タクシーの運転手さんがこの間東国原知事が来たと言っていた。宮崎では大人気のようだ。道すがら高千穂神社高千穂峡がちらと見えた。

歩いてはとても辿り着けない宿に着いてチェックインをし、荷物を預ってもらう。今回の宿はペンション「葡萄の木」。夕飯にワインが飲めることを期待していたら、果たして入口にセラーがある。魅入っていたら同行者が手を引っぱった。

宿で高千穂峡への道程を聞いたら車はあるかと聞き返された。もちろんない。バスで来たのだから。始めて高千穂を訪れる私と同行者は徒歩で回るつもりであったが、それはとんでもないことだったようだ。取り敢えず高千穂峡までなら歩けそうなので、宿を出て坂を下った。

しばらく下ったところに食堂があったので、そこで山菜蕎麦と鮎の塩焼と竹筒ご飯のセットを食した。山菜がほとんど入っていなかったけど、鮎は美味なり。アルコールは飲まず。食べ終わったころに小雨が降ってきた。傘は宿に置いてきたのでどうしようかと思ったけど、程なく止んで事なきを得た。高千穂峡阿蘇山の溶岩が流れ出た際に削り取られて出来た地也。荒々しく複雑な地形をしている。深い谷を隔てて眼前に壮大な岩肌の壁が聳え立つ。仙人襖という由。向こうから犬連れの観光客が来る。同行者喜ぶ。少し歩くと池ありて、鯉の餌を売っている。同行者と鯉に餌やる。観光客が多いためか鯉は飽食してるようで、あまり食いつかない。博多の楽水園の鯉は重なり合うほど取り合っていたのにえらい違い也。

谷の下は川で、ボートを濃いでいる人がいる。川沿いに少し目をやると、飛沫を上げる滝有り。絶景也。真名井の滝という由。50分待ちのボートを予約し、間食にする。同行者は何を食べたか忘れた。僕は餅を食べた。その後二人でラムネを飲んだ。同行者、気分高揚して僕に歌を詠めと言い出したので数首詠む。

かねてより 古事記に聞きしかど 大和の神の 坐す地かな

古事記は「ふることふみ」と読む。

高千穂の 狭間隔てて 聳え立つ 仙人襖は 如何に成りしか

同行者がラムネのビー玉を欲しがるので取り出し、瓶を店に返す。

時間が来たのでボートに乗る。初めてボートを漕ぐ也。はじめの内は手際悪く、船進まず。岸の笑い声は嘲笑だったか。程なく慣れて名人の域に達する。右折、左折、転回自由自在也。他のボートとぶつかるのは相手が悪い也。

真名井の滝の真下まで来る。感動す。同行者、鴨の餌に買ったたまごボーロを自分で食べている。僕も2、3個貰う。手際良くボートを乗り場に付け、階段を登った。

次は国見ヶ丘へ行く。歩いては行けないのでタクシーに乗る。丘の上からは高千穂が一望できる。季節が良ければ早朝は雲海になるらし。焼酎の雲海はこの辺りで作られるらし。万葉の人々はこのような場所に立って言祝ぎの歌を詠んだに違いない。鬼神をも感動させる歌にする以外、表現できぬ美しさ也。

朝ぼらけ 澄み渡りたる 大空の 広きにおのが 心ともなが

という歌が似合う場所也。

ふと振り返って向こうに見えるは阿蘇山也。宿に帰ろうと思ったところで、まだ先まで道が続いているのを発見す。先は小さな公園になっていて、阿蘇や高千穂が一望できる絶景の場所也。7月なれども風涼し。同行者、この風は神の息吹也と言う。神の息吹を題材にして歌を詠めと言うので詠むなり。

高千穂の 国見の丘に 吹く風は (忘れた) 神の息吹ぞ

歌を詠みて帰る也。タクシーを待つ間土産物屋で椎茸茶を飲ませてもらった。

宿の夕食は立派なフレンチ也。ワインをセラーから選ぶ。シャンボールミュジニーの95年か96年だった。どちらにしろ良年也。ちょうど開いていてまさに飲み頃にて、満足す。食事のメインは高千穂牛也。肉牛のコンテストで優勝したらし。松坂牛の業者が子牛を買いにきて、松坂牛として売られる由。高千穂で食べれば安い也。

食後は宿から車を出して貰って高千穂神社へ行き、観光客向けの神楽舞を見た。古事記を題材にした天の岩戸の話也。

宿に戻ってトラピストクッキーがあったことを思い出した。同行者と齧る。夜は静か也。虫の音以外聞こえず。東京へは戻りたくない。高千穂の一日目終わる。