1対1

先週金曜の夜のことだ。僕は寝ようと思って電気を消し、布団を被った。しばらくたった頃、壁の近くで「コツッ」という音が聞こえた。その音だけで僕には十分だった。奴だ、ついに奴がやってきた。

眠りを妨げられてしまった僕は、仕方がないので起きて読書を始めた。夜明けが近づいた頃、ついに奴がその姿を現した。

カサカサと走り回るアイツ。

時々空を飛ぶアイツ。

そして、3億年前からこの地球上に存在するアイツ。

そう、その名もGOKIBURI!

今この家には奴と対峙する武器はひとつしかない。丸めた新聞紙だ。僕が後ろを振り返って新聞紙を丸めている間に奴はどこかへ行ってしまった。しかしながらこの狭いワンルームアパート。奴が壁を歩けば瞬時に居所が知れてしまう。まだ遠くへは行っていない。

恐る恐る、僕は奴が出現した場所の傍にあるダンボールをゆすってみた。そのとき、茶色い疾風が僕の目の端を横切った。錯覚か。いや、違う。きっと奴だ。僕がゴミ箱を揺さぶると、奴が出てきた。しかし、奴の足はとてつもなく速い。僕が驚いて飛びのいている隙に1メートルと離れていないキッチンラックの下にもぐりこんでしまった。周辺を何度か叩いてみたが出てくる様子がない。遠くから下を覗き込んでみると、奴の姿はどこにもない。多分すぐ隣にある冷蔵庫の下にもぐりこんだに違いない。あそこに隠れられては僕には手が出せない。出てくる気配もないので一時休戦としよう。

奴と戦うためにはもっと強力な武器が必要だ。例えば、スプレーの様な。しかし時間はまだ朝の6時。奴のおかげで徹夜してしまった僕は、近所のスーパーが開く時間まで仮眠をとることに決め、ベッドにもぐりこんだ。

目を覚ました僕は、スーパーに行って新しい武器を仕入れてきた。その名も「水性コックローチ」。触るのも躊躇ってしまうようなダイレクトな名前だ。家に帰って2回戦開始だ。

奴の居場所はわれている。冷蔵庫の下だ。僕の姿は右手に新聞紙、左手にスプレー。完璧な装備だ。僕は冷蔵庫の下にスプレーのノズルを差込み、噴射した。その瞬間。

うわあぁぁぁぁ!

何と、大きいの2匹と小さいの3匹が出てきた。こいつら、家族か。1対1だと思ってたら、1人対1ファミリーか。

飛び上がった大きい1匹を新聞紙で叩き落し、すかさずスプレーを噴射。壁を這う小さい3匹をバドミントンで鍛えたバックハンド3連打で叩き潰す。返す太刀で残りの大きい1匹を佐々木小次郎直伝の燕返しで落とし、とどめのスプレー。

勝った。平和は再び訪れた。夕方、僕はもう一度スーパーに行って、置くタイプの防虫剤を買ってきた。警句の通りであることを恐れたからだ。1匹見たら、30匹。