本屋で立ち読みをしないわけ
僕は本屋で立ち読みをしない。別に立ち読みが悪いことだと思っているからではない。100%個人的な損得勘定によるものである。
先ず本はほとんど必ず買って読む。腰を落ち着けて読みたい本は特にそうする。しかし腰を落ち着けて読みたい本かどうかは中身を読んでみるまではわからない。でも中身はなるべく読まない。読むとしてもできるだけ読まない。目次を見るか書き出しを見るかしかしない。腰を落ち着けて読むべき本かどうか、後は外見で判断して買って帰る。判断基準は不明である。それでも概ね正しく判断できているところが不思議である。今まで買わなければ良かったと思った本はほとんどない(少しはある)のであるが、Amazonで外見を見ずに買った本に限って買わなければ良かったと思うのだから、外見で正しく判断しているということだろうけど繰り返すが判断基準は不明である。
ここからが本題だ。私が立ち読みをしないわけを率直に言おう。目減りするからだ。立ち読みした分買ってから読む分が目減りするから立ち読みはしない。同じ金額を出して買うのだから、買ってから読む分が減れば減るほど損をするのは道理である。立ち読みをした分目減りしているはずなのに、同じ金額を出すのは得心がいかない。かくの如き個人的事情により、私は立ち読みをしないのである。
眠れないままコーヒーをすする朝
もうすぐ午前5時になる。眠れなかった。布団の中で横になっても全然眠れないので仕方がないから起き出して朝御飯にオムレツを作った。フライパンにバターを引いて溶いた卵を流し入れ、ピザ用のチーズとハムをはさんで作る、朝でないと食べる気がしないくらい高カロリーなオムレツだ。そして今が食後のコーヒーである。今日は長い一日になりそうだ。途中でバテて長い昼寝をしなければの話だけど。
二度本を読むことについて
「私家版 ユダヤ文化論」を読み終えた。前回読んだときに比べると大分話がわかってきたようである。むしろ、前回読んだときにはわかったつもりで実は目が文の上の泳いでいただけで、今回読んではじめて「ああ、そういうことが言いたかったのね」ってわかったところが多いことに驚いた。
そもそも僕は本でも映画でも必ず一度目はぼーっと読んだり見たりする癖がある。多少わからないことがあっても「まあいいか、とりあえず先行ってみよう。んでもって後から考えよう」っていう感じで通り過ごしてそのまま読み終えてしまうのである。その分二度目は(二度目がないこともある)話の粗筋がわかっているので細部まで読み取ることができるので、前回わからなかったところを改めて考えたり、気付きもしなかったところに沢山気がついて、「何だ、こんなに面白いことが前回わからなかったのか」って言いながら楽しめるのである。あまり良い傾向ではないのではないかとたまに悩むことがあったこの癖だけど、考えてみれば僕の場合はこれで良いのだ。これは一度に沢山のことが同時にできない僕の性質に由来する癖であって、この癖によって僕は虻蜂とらずな状況を未然に防止していたのである。要するに、粗筋を追いながら同時に細部に気を配ったりわからないところを考えたりするとどれも中途半端になってしまうので、そういうことはせずに順番に片付けるようにしていたのである。しかもわからなかったことについては読み終えた後、他の本を読んだり何事か経験するときにアンテナが立った状態になっているので、二度目に読むときはわからなかったところに対する知識や経験が重点的に補充されていてより一層理解が進むというこの一石二鳥。どうよ。って自慢するほどのことでもないか。
ところで、これはわからなかった部分の意味が時間が経つ内に自然とわかるようになったということだろうか。それもあるのだろうけどちょっと違う気がする。我々は意味のよくわからない言葉について考えていると、いつの間にか、その言葉の意味がわかる前にその言葉の使い方がわかることがある。意味はわからないんだけど取りあえず間違わずに使うことができる。具体例を挙げよう。物理学をやっているとよく「系」という言葉がでてくるのだけど、これは(わかるまでは)大変わかりにくい言葉であって、初めて見たときには何のことだか全然わからなかった。このわからなさに耐えてそれでも物理学の本を読んでいると、いつの間にか自分が「系」という言葉を使って話ができるようになっていることに気がつく。「系」とは何ですかと問われてもうまく答えられないのだけど、取り敢えず「系」という言葉の使い方だけははっきりとわかっていて、しかも使い方を(全く!)誤らずに話すことができるのである。このように、自分の語彙になかった言葉はまず(「系」は「系」ですとしか説明できないけれども)自分の語彙に登録される。そうして使っている内に、今度は「系」という言葉の意味を他の言葉を使って説明できるようになってくるのである。二度目に本を読むというのも似たようなものであって、一度目読んだときに「あれよくわからなかったなぁ。一体何だったんだろうなぁ。」って煩悶しながら他の本を読んだり色々な経験をしていると、いつの間にかそのわからなかった部分の言葉を使って話せるようになっていて、二度目を読んだときにはその言葉を使って語られていることが理解できるのである(自分には同じ言葉が使えるのだから当然である)。というところまで書いてみると、同じようなことがこの本の中にも書かれていたことに気がついた。この時点でようやく僕は、その部分で語られていたことがどういうことだったのかわかったのである。二度本を読むって大切でしょ。
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餃子
キャベツを使って餃子を作った。前回は水餃子にしたけど、今回は焼き餃子。美味しくできて結構なのだけど、餃子の中身が少し余ってしまった。もう一袋餃子の皮を買って来るには少ないし、丸めてそれだけで焼いて食べるには多い。挽き肉が生のままなので如何するか早急に考えないといかんなあ。
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